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(59回目) 光明寺からサントリー京都ビール工場 | ||
2009.9.17(木) |
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電車行程 運賃=740円 |
生駒駅 | ⇒ 快速 |
鶴橋駅 | ⇒ 環状線 |
大阪駅 | 徒歩 | 梅田駅 | ⇒ 通勤特急 |
長岡天神駅 |
8:14 | 8:28〜8:32 | 8:47 | 8:57 | 9:27 |
7月の西宮酒蔵めぐりに次いで今度はビール工場見学。 |
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9:30 | 10名全員が揃って長岡天神駅をスタート。 駅そばマンションの前に「開田城跡」と書かれた案内板がある。 開田城は、戦国時代(15世紀後半〜16世紀)に活躍した国衆の一人である中小路氏の居館(居城)である。
乙訓・西岡地域の土豪、地侍たちはそれぞれの村のリーダーとして活躍し、また国衆として、 地域の自治的運営を目指す国一揆を結んだことで全国的にも著名。 国衆の居館は彼らの活動の基地として重要な役割をはたしたが、開田城はそうした居館の遺構が残る貴重な事例である。 開田城の発掘調査は、昭和53〜56(1978〜81)年と平成8(1996)年、平成15(2003)年に行われ、 開田城が一辺700メートルの方形居館で、周囲に幅約6.5メートル、高さ約2メートルの土塁と、幅約8メートル、 深さ約1メートルの幅をめぐらす、典型的な構造であることが明らかになった。 南西部に推定される主要な出入口は、南へ張り出す特徴をもつ。 城内からは、東西・南北が3間(9メートル)以上の大規模な堀立柱建物や石組みの井戸、 焼けた土や炭がつまった竈とみられる遺構などが発見された。 現在、地権者などの努力によって、西辺(この案内板背後の高まり)と南東隅の土塁が残されている(一部は復元)。 地域の中世の歴史をとどめ、国一揆の拠点として全国的にも貴重な歴史遺産として保存されている。 『開田城跡案内板』より
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10:00 | 長岡天神を左手に見て、村田製作所の三叉路を右手丹波街道を進む。 30分ほどで光明寺に到着。 光明寺は建久9年(1198)、平敦盛の首を打ち無常観を法然によって癒された武将 熊谷直実(蓮生)が開き、 安貞2年(1228)法然の荼毘所となった。 いつでも誰にでも開かれた寺である光明時は24時間開いており、その門を閉ざすことはない。浄土門根元地とも言われる。 長い長い石段の上には紅葉のトンネルがあり、真盛りに赤く染まった様子もまた、はらはらと石段を紅葉が埋める様子も素晴らしく、 見頃は意外と長い。 光明寺は散紅葉が美しいと言われるほどである。
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10:25 〜 11:00 |
光明寺本堂の裏手から墓地を通り抜けて、竹林の勾配を登る。
竹林は孟宗竹・真竹が太さを競い合っているが手入れはイマイチ。 |
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11:40 〜 12:40 |
西山運動公園、昼食。 当初の計画では西山キャンプ場まで行ってそこで昼食をと考えていたが、ブヨ・蚊がまとわり付くのでカット。 少し早い昼飯となった。 休憩中竹内君が笛を聞かせてくれる。「越天楽」というとか。 なかなかの腕?前。
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〜 14:30 |
勝竜寺城公園。 細川ガラシャで有名な勝竜寺城が整備され、緑と水に囲まれた美しい公園。 春は桜やきりしまつつじが咲き誇り、秋(11月第2日曜日)には「長岡京ガラシャ祭り」が華やかに行われます。と。
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15:00 〜 16:00 |
勝竜寺城公園から道を尋ね尋ね20分でサントリーに着いた。
後は本日のメイン。ビール工場見学。案内は柄沢さんという。
@天然水 A麦 Bホップ でそれぞれ徹底したこだわりがあるという。 感心したのは缶詰工程で1分間になんと1400本も詰め込むというスピード。 |
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16:45 〜 |
ビール工場からJR長岡京駅まで送ってもらって、反省会会場をどこにしようと迷っていたら、そこへ突然西川夫人。奇遇! 駅前の庄やでカンパーイ。 ビール工場で飲み、庄やでビール&焼酎・・・べろんべろん。 今般の写真は殆んど植野君・竹内君の写真を使わせてもらいました。 |
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お疲れさんでした。 | |||||
本日のDor to Dorの総歩行数:26,824歩。 | |||||
*本日の写真集 |