伏見桃山御陵界隈ウオーク(63回目)

2010.3.25(木)
コース:丹波橋駅〜桓武天皇陵〜明治天皇陵〜乃木神社〜御香宮神社〜大手筋〜伏見港公園〜寺田屋〜黄桜酒造〜桃山御陵駅前
参加者:8名(浅井・奥村・竹村・西山・浜村・藤岡・山田・清水)

ここんとこ数日降り続いている雨、雨、今日も降り続いている。
高校野球は昨日も今日もお休み。
なのに我々ご一行様は“雨天決行”。
10:30
近鉄丹波橋駅に8名集合しての出発。
10:47
駅前の国道24号線を渡り、少し歩くと(第50代)桓武天皇陵。

桓武天皇陵前にて

この雨ではさすがに雨具を忘れた者はいないが、寒さ対策でカイロを貼ってきた竹村・山田君はえらい!とうらやむほど寒い。
10:55
つぎ、明治天皇陵へ向け歩いていると途中伏見桃山城。

伏見桃山城

桃山城にて

秀吉の死後、徳川家康が豊臣秀頼の大老として伏見城に入りましたが、慶長5(1600)年、関が原合戦の前哨戦によって落城。慶長7(1602)年、家康によって再建され、その翌年、家康は伏見城で征夷大将軍に就任しました。
家康は将軍在任中のほとんどを伏見城で過ごし、伏見城は近畿地方における徳川政権の拠点となりました。・・・
取り壊された伏見城一帯には、桃の木が植えられ桃山という地名が生まれました。・・・
11:28
桃山城から15分ほど歩きにくい砂利道を歩くと明治天皇陵。
それにしてもきれいに整備されている。

(第122代)明治天皇陵

正面階段(23段×10=230段)

1852年11月3日(現在の文化の日)に誕生。15歳にして天皇に即位。
日清日露戦争の2度の戦乱をはじめ、多くの戦いを率いた武断の天皇。
また、近代国家の諸制度の全てを整えた文治の天皇として、ドナルド・キーン氏は彼を「大帝」と呼ぶ。
明治45年7月30日午前0時43分崩御。遺言により陵は伏見桃山に、「埋葬」。

11:37
明治天皇陵から少し東に下ったところに昭憲皇大后陵。

昭憲皇大后陵

天皇陵も皇太后陵もこんもり土饅頭の形をしているが、形どおり「埋葬」だ。
ものの本によれば天皇の「火葬」は41代持統天皇からだそうだ。
12:00
伏見桃山御陵を回り込み、国道を挟んで左手に乃木神社。

乃木神社

明治天皇に殉死した陸軍大将「乃木希典(1849〜1912)」を祀る神社。
伏見桃山御陵のそばに大正5年(1916)、有志の人々によって創建。

13:00
御香宮神社。

創建の由緒は不詳であるが、貞観4年(862年)に社殿を修造した記録がある。伝承によると、この年、境内より良い香りの水が湧き出し、その水を飲むと病が治ったので、時の清和天皇から「御香宮」の名を賜ったという・・・。

まだ雨は降り続いている。
ヒルメシは伏見港まで行けば雨よけは出来るがまだもう少し時間がかかる。
ここで、浅井君が社務所まで行きここで食事の了解を取り付けてきてくれた。ありがたや。

御香宮神社

ヤマザクラを見ながら昼食

この神社で湧く水が御香水として有名らしく、何人もボトルに水を汲みに来ている。
中には夫婦でボトルを車に何度も往復していた。
13:30
昼食後桃山御陵前駅を右手に見て、大手筋商店街を通り、龍馬通りを歩き、寺田屋。

寺田屋

13:40
寺田屋から伏見港公園。十石船が浮かんでいる。長建寺のしだれ桜も満開。

十石船

長建寺のしだれ桜

もう少しすれば川沿いの柳並木も風情があろう。
14:05
〜
14:40

黄桜酒造。

黄桜レッテル

清水昆のカッパ

清水昆のカッパ

カッパのミイラ

入館料は無料。100円の試飲。

お土産に日本酒のハイボールを買って帰ったが、味はイマイチだった。
15:00
〜
16:30
近鉄、伏見御陵前駅の呑み屋に飛び込みカンパーイ。

本日は雨でお寒い中のご参加ありがとうございました。

本日のDor to Dorの総歩行数:19,063歩。
漫歩会参加回数表
実施日 コース 参加者 浜村 竹村 西川 浅井 藤岡 竹内 植野 奥村 大橋 西山 坪田 福井 山田
2010.3.25 伏見御陵界隈 8名 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
2010.02.18 勝楽寺から豊郷へ 9名 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
初回からの行事参加回数 60 44 41 38 28 26 25 20 18 15 12 6 2