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メンバー:浜村・浅井・大橋・奥村・竹村・清水 |
集合場所まで | 生駒駅 | ⇒ 奈良線・普通 |
西大寺 | ⇒ 橿原線・急行 |
橿原神宮前 | ⇒ 大阪線・急行 |
尺土 | ⇒ 御所線・普通 |
近鉄御所駅 |
9:14 | 9:26〜9:28 | 9:57〜10:01 | 10:09〜10:11 | 10:19 |
コース:近鉄御所駅〜六地蔵〜高丘宮跡〜一言主神社〜高鴨神社〜風の森〜かもきみの湯〜御所駅 | ||||||||
10:19 | 近鉄御所駅に到着するとすでに今日のご案内役浜村氏が待っていた。 しばらくすると次の電車で奥村・浅井両君の到着。 大橋君もやってきた。彼は予定に入っていなかったのでビックリ、久しぶりの参加だ。 最終到着は竹村君、八木駅周りで時間をかけてやってきた。
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11:00 | 御所駅、スタート。 柳田川という川沿いを葛城山に向かって歩く。ヒガンバナがそろそろ見ごろだ。川には鴨が泳いでいる。
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11:30 | 六地蔵石仏。
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12:00 | 九品寺。 途中、道の標識には「空海開創」とあるがこれはまちがいと思われる、コースの案内書には「行基開創の古刹」とありこれが正しい。
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12:20 | 高丘宮跡。
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13:00 | 一言主神社。
祭神は、古事記や日本書紀の中に見える事代主命です。 雄略天皇が葛城山で狩をしている時、この神は天皇と同じ姿で現れ、天皇が「お前は何者だ」と問いかけたところ、 「私は善事も悪事も一言で言い放つ神である」と申されました。 天皇はひれ伏し、その後、共に狩を楽しみ、神は久米川(現曽我川)まで天皇を送って行ったという事です。 しかし、続日本書紀によれば雄略天皇と狩の事でいさかいを起こし、四国の土佐に流されたという事です。 土佐風土記によれば、その後許されて葛城の高宮付近に祀られたと記されています。 また、今昔物語に登場する一言主神は顔が醜くかったと伝えられ、葛城の怪人と言われた役行者は、 修行のため、葛城山と吉野の金峯山の間に岩橋を架けるため、諸神を集めて、架橋工事をさせますが、 一言主神は顔が醜かったため、昼は働かず夜しか働かなかったので、石橋は完成しませんでした。 役行者は怒って、近くの小川のそばの大木に一言主大神を縛り付けてしまったという事が記されています。 また本社境内には、神武天皇紀に記述がある土蜘蛛に関係しているとされてる蜘蛛塚があります 。 |
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13:30 | 名柄地区一帯を歩く。 このあたりは明治時代の町の姿を残しており、懐かしい。
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13:50 |
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奥村君と話す。 彼はマレーシアで少年野球を指導しているとか。マレーシアの大会でチームを優勝させる偉大な監督だとか。 さしずめ、星野ジャパンの星野監督のような存在で神様のように崇められているとか。 |
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14:40 | 極楽寺。 |
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15:20 | 高鴨神社。
この鴨神の集落にある高鴨神社は、京都の上賀茂神社、下鴨神社の本家にあたる由緒正しい神社です。 本殿は三間社流造りで、国の重要文化財に指定されています。 祭神は天孫降臨神話の国譲りに登場する神で、大己貴命(大国主命)の子で迦毛大御神とも称され、 「葛木の鴨の神奈備」に座し、皇孫の守護をした神です。 また、ここは日本サクラ草の名所で、その種類の多さには定評があります。4月から5月にかけてが見ごろで、 二千鉢以上の花が咲き誇る眺めは圧巻です。 |
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高鴨神社から「かもきみの湯」を目指すことになるが、近道を歩こうと誰言うともなく行くとどうも行き止まりらしい。 イネの取り入れの百姓のおっさんに道を尋ねると「行き止まりだ」と。 「どうしても行くなら道の突き当たりにフェンスがあるからそれを乗り越えたら、そこがお風呂だ」「けがするなよ」と教えてくれた。 皆はそのつもりになって先へ行くとまさ2メートルはありそうなフェンス。 大橋君が一番にそのフェンスを乗り越えた。 後に続くみんなも乗り越える。66歳とは思えぬ皆の柔らかい体、感心した。 おかげでドロボーはぎとかいうくっつきがズボン・シャツにびっしり・・・。 |
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16:10 |
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17:00 |
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20:20 | 帰着。 もう、秋分の日があさってという頃なのになんと暑かった日であるのことよ。 飲んだお茶はペットボトルで4本。 おつかれさんでした。 浜村君、ご案内ありがとう・・・。 |
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本日の総歩行数:30,000歩。 | ||||||||